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ウルムの街 2 -in Ulm 2-
2008/04/01(Tue)
ウルムの旧市街に、漁師の一角(Fischer Viertel)という、中世の時代に、漁師や職人が住んでいた区域があります。
              Ulm
いきなり、傾いた家の写真なんですが、これは、漁師の一角にあるシーフェス・ハウス(Schiefes Haus)。シーフ(schief)とは、ドイツ語で「傾いた」とか「斜めの」という意味。その通り、傾いているのが解ります?
Wir waren im Fischer Viertel. Das ist ein berühmt Gebäude Schiefes Haus.

          Ulm
この写真で、窓は地面に平行に作られていて、建物だけが傾いているのがよく解ると思います。
Können Sie verstehen, dass das Gebäude schief steht?

          Ulm
1433年に建てられた、大変古いシーフェス・ハウスは、現在ホテルとして使われています。外見の古さと違い、中は近代的な設備だそうです。
こちら⇒ホテル シーフェス・ハウス(英語)
Jetzt ist das als ein Hotel benutzen. bitte⇒HOTEL SCHIEFES HAUS


              Ulm
漁師の一角には、美味しいレストランが多くあります。これは、私たちが昼食をとった、ホテル&レストラン・ヴィルデンマン(Gasthof zum Wilden Mann)

Im Fischer Viertel gibt es verschiedene Restaurant. Das ist Gasthof zum Wilden Mann. Dort haben wir zu Mittag gegessen.

Ulm Ulm
右はサラダですが、左の皿は何でしょう?
ナツメヤシの実を、ベーコンで巻いて焼いたもの。噛んだ時に、ナツメヤシの甘味とベーコンが、とても良い具合にマッチしていました。実は、南ドイツ地方の名物、ホワイトソーセージも食べたんですが、写真を撮るのをすっかり忘れていました。。。
Ich habe vergessen, die Weisswurst zu fotografieren.

                    Ulm
ドイツですもの、やはりビールは欠かせません。濾過をしていないヴァイセンビール(Weissenbier)です。ルツェルンのビール醸造所でも飲めますが、旅のスパイスが入って、ドイツの方が美味しく感じました。
こちら⇒ルツェルンのビール醸造所(過去のBlog)
In Deutschland hat es gutes Bier. Ich war zufrieden.

Ulm Ulm
美味しそうなレストランは、あっちにもこっちにもありますので、少しぶらついて、メニューを見て(でもドイツ語)決めることをお勧めします。
ウルム最後の夕食は、前日に写真を撮った、右のレストランに偶然決めました。

Das sind auch die Restaurants im Fischer Viertel. Letzten Abend haben wir im rechten Restaurant gegessen.

   Ulm Ulm
外から覗いた時、この穴倉風な一角が見え、速攻ここに決めました。入り口から入ってすぐは、普通の造りのレストランですが、奥にレンガ造りの場所があります。

Als wir hineingeschaut haben, haben wir den Teil wie ein Keller gesehen und sofort entschieden, hier zu essen.

          Ulm
太いチェーンで吊り下げられた、ブランコのような細長いテーブル。料理を置くスペースが無いので、2人で食べても、左右に分かれて向かい合うのに、4人で食事をすることが多いと聞いてびっくり。どうやって皿を並べるの~~~?
Das ist ein Esstisch. Er hängt an Ketten und ist sehr schmal.

Ulm Ulm
写真左は、ヴィーナー・シュニッツェル (Wiener Schnitzel)という、ウィーン風子牛のヒレ肉。右は、子羊の料理でした。(ごめんなさい、名前を忘れました


            Ulm
食事を済ませて立ち上がると、良い雰囲気の穴倉を見つけ、知らないお客さんにお願いして
Dort hatte es einen anderen kleinen Raum wie eine Grotte.

         Ulm
とっても美味しくて、雰囲気も良かったので大満足でしたが、おなかいっぱ~~~い!散歩をしましたが、あまり効果がありませんでした。

WEINKRÜGER
WEINHOFBERG 7  89073 ULM   Tel: (0)731 64976


bitte⇒WEINKRÜGER
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フュッセンの古城 1 -zwei Schlösser in Füssen 1-
2008/04/05(Sat)
今回のドイツ旅行の〆は、ここフュッセン(Füssen)。大きな城が、2つあります。
Füssen
1つは、この写真に写ってる、日本でも有名なノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)、もう1つは、ホーエンシュヴァンガウ城(Schloss Hohenschwangau)。この写真は、駐車場から撮ったものです。ルツェルンの城もどきギュッチ(Gütsch)が、真似たノイシュヴァンシュタイン城ですが、スケールが違い過ぎましたぁ。  こちら⇒ギュッチの記事(Blog)

Am letzten Tag unserer Ferien sind wir nach Füssen gefahren. Dort hat es zwei grosse Schlösser. Eines ist das Schloss Neuschwanstein und das anderer ist Schloss Hohenschwangau. Das ist natürlich Schloss Neuschwanstein.

          Füssen
2つの城とも、ガイドの予約をしないと、中に入れません。日本語のオーディオガイドがあったので予約しましたが、待ち時間が1時間ちょい。それならば、まずは腹ごしらえ
城がある山の麓には、いくつかレストランがありました。いい天気ではなかったものの、イースター休暇の日曜日だったこともあり、どこも結構混んでいました。これは、私たちが食べた日替り定食。直訳すると、何とも変な名前なんですが、牛肉のシチュー風パンの団子添え(Rindsgulasch mit Semmelknödel)。マッシュポテトかと思った白いのは、パンを団子状にしたものでした。かなり満腹

Dort gab es schöne Restaurants und haben wir zu Mittag gegessen. Das war ein Tagesmenu Rindsgulasch mit Semmelknödel. Zum ersten Mal habe ich Semmelknödel gegessen. Es hat gut geschmeckt, aber zu viel. Deshalb konnte ich nicht alles essen.

          Füssen
まず訪れたのは、ホーエンシュヴァンガウ城(Schloss Hohenschwangau)
12世紀に建設された後、廃墟となっていたシュヴァンシュタイン城(Schloss Schwanstein)を、1832年ルートヴィヒ2世(Ludwig II.)の父マクシミリアン2世(Maximilian II.)が買い取りました。4年の歳月をかけて、見事に再建したホーエンシュヴァンガウ城で、悲劇の王ルートヴィヒ2世は、その生涯の大半をここで過ごしたそうです。
シュバンガウ(Schwangau)とは、ドイツ語で「白鳥の地区」。リヒャルト・ワグナー(Richard Wagner)の歌劇ローエングリン(Lohengrin)に登場する白鳥ゆかりの地でもあります。夢物語のようなローエングリンの壁画も、この城の中にあり、ルートヴィヒの悲劇的な一生に大きく係わっていると言われています。
こちら⇒ローエングリン

Zuerst haben wir das Schloss Hohenschwangau besichtigt. Das Schloss hat Kronprinz Maximilian von Bayern auf die verfallene Burg Schwanstein aufbauen lassen und hier verlebte König Ludwig II. seine Jugend.


          Füssen
2つの城は、バス・馬車・徒歩で行くことができます。旅行中に食べ過ぎた私達、当然徒歩です。
Zu beiden Schlössern kann man mit dem Bus oder mit der Pferdekutsche fahren und auch zu Fuss gehen.

Füssen Füssen

Füssen Füssen
城内は、撮影禁止だったので、城の周囲の写真ばっか。これじゃ申し訳ないので、パンフレットや絵はがきから紹介しますね。

Im Schloss ist es verboten zu fotografieren, deswegen habe ich auch mit den Fotos aus den Postkarten und dem Heft gearbeitet.

Füssen Füssen
写真左は、英雄の間。テーブルの上の飾りは、加熱金メッキブロンズ製。
写真右は、城主の奥方の間。奥方の間ですって はっきり見えないでしょうが、大きなシャンデリアは、銀製で造られた城の紋章「白鳥」。あぁ、一度でいいから・・・

Links: Helden- oder Rittersaal Rechts: Wohnzimmer der Königin

          Füssen
1268年に絶えた、ドイツの王侯ホーエンシュタイフェン(Hohenstaufen)の間。楓材でできたピアノは、ルートヴィヒ2世の頼みで、ワグナーが演奏したことから、ワグナーグランドピアノとも呼ばれています。

Das ist das Hohenstaufenzimmer und hier hat Richard Wagner Klavier gespielt. Deswegen heisst dieses Klavier das Wagner-Klavier.

            Füssen
おもしろかったのが、これ!城の下の方に、赤い扉付きの何やら洞窟のようなものがありました。初めは、だれ~も居なかったんですが、興味を持ったヨーゼフが近付き、じ~っと眺めては、写真を撮り始めました。そうすると、一人二人と人が寄って来て、最後には黒山の人だかり。1番前に居たヨーゼフは、しばらく戻って来れませんでした。こういう心理って、万国共通なんですね

Mein Mann hat einen Raum mit einer schönen Tür unter dem Schloss gefunden. Zuerst hatte es keine Leute und er hat angefangen einige Fotos zu machen. Dann haben sich plötzlich viele Leute vor der Türe versammelt.

Füssen Füssen
赤い扉の中は、大理石のバスルームでした。日の光が扉に当たり、中を赤く染めています。ここは、パンフレットにも載ってなかったし、ガイドもありませんでした。
Links: die Türe mit den roten Scheiben Rechts: die steinerne Badewanne darin.

          Füssen
夜ライトアップされたホーエンシュヴァンガウ城です(もちろん絵はがきより)。この城でも、十分豪華なんですが、その後、ルートヴィヒ2世が立てた数々の城は、豪華絢爛。気が狂った王と言われることもあるルートヴィヒ2世。
感受性の強い王子ルートヴィヒ2世には、父マクシミリアン2世の、厳しい英才教育が向いていなかったようです。本心や溢れる感情を話せる相手がいなかった王子は、ロマン主義に心酔し、俗世界を離れた美しい楽園へあこがれるようになったそうです。
ルートヴィヒのその後と、ノイシュヴァンシュタイン城は、次回紹介します。

Das ist das Schloss mit Abendbeleuchtung. Nächstes Mal schreibe ich über König Ludwig II und das Schloss Neuschwanstein.
bitte⇒Schloss Hohenschwangau
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フュッセンの古城 2 -zwei Schlösser in Füssen 2-
2008/04/13(Sun)
フュッセン(Füssen)の2つ目の城は、ノイシュヴァンシュタイン城(Schloss Neuschwanstein)です。

  Füssen
ディズニーの城のヒントになった、白亜の殿堂ですが、この城の城主ルートヴィヒ2世(Ludwig II.)は、必ずしも幸せな一生を送ったわけではなかったようです。

Nach der Besichtigung beim Schloss Hohenschwangau haben wir das Schloss Neuschwanstein besichtigt.

Füssen Füssen
1864年3月10日、バイエルン王でありルートヴィヒ2世の父、マクシミリアン2世(Maximilian II.)の急死により、まだ18歳のルートヴィⅡヒは、突如バイエルン王となりました。190cmを超える長身、母親ゆずりの美貌を持ち合わせていた王は、たちまち国民の人気を呼んだのですが、厳しい英才教育は受けていたものの、王としての教育はおろか、父親の仕事を間近に見る機会が1度も無かったルートヴィヒ。それでも、王になったその志は高く、民衆を心から愛していた王は、自ら日常の雑務に取り組んでいました。
しかしながら、幼い頃から見ていたホーエンシュヴァンガウ城(Schloss Hohenschwangau)の壁画の中の、白鳥の騎士ローエングリンや、中世のゲルマン伝説の世界を追い求めるロマン主義でもあったため、現実と夢の狭間で苦悩するルートヴィヒⅡ。生涯独身だった王は、「女嫌い」や「男色王」と呼ばれることもあります。心から話が出来た女性は、オーストリア皇妃エリザベート(Elisabeth)でしたが《シシィ (Sissi, Sissy, Sisi)の愛称で知られる》、彼女の妹ゾフィー(Sophie)と婚約したルートヴィヒⅡは、結婚の日取りを何度も延期。終には、1867年10月12日に決まった結婚式の、僅か2日前の10月10日、ルートヴィヒより突然婚約解消。バイエルン中を沸かせ、記念硬貨まで作られ、婚礼用の豪華絢爛な黄金の馬車までも準備された「王の結婚」のニュースは、周囲の者たちを落胆させて終わってしまいました。

写真左:バイエルン王の座についたルートヴィヒ2世   写真右:婚約者ゾフィーと

Am 10. März 1864, stirbt König Maximilian II. nach kurzer Krankheit und am selben Tage wird der 18-jährige Kronprinz zum König Ludwig II. von Bayern proklamiert. Die Untertanen sind ihrem jungen König von Anfang an sehr zugeneigt und setzen große Hoffnungen in ihn. Aber Ludwig übernimmt die Regierungsgeschäfte völlig unvorbereitet, trotzdem dachte er immer, was er machen konnte, um sein Volk zu beglücken.

Im 1867 verlobt Ludwig II sich mit Sophie, der Schwester der österreichischen Kaiserin Elisabeth. Aber nachdem der König den Trauungstermin mehrmals verschoben hat, löst er das Verlöbnis schließlich auf.
Links: Der 18jährige Ludwig II.
Rechts: König Ludwig II. und seine Verlobte Prinzessin Sophie

FüssenルートヴィヒⅡが追い求めていたのは、16歳の時に出会ったワグナー(Richard Wagner)の音楽の世界(左の写真のお方)。王になったルートヴィヒⅡは、1849年にドレスデンで起きた、革命の主導者として逮捕状が出ていたワグナーを捜し出します。スイスへ亡命中だったワグナーは、城へ招かれ、「彼の音楽に関する全ての援助をする」という王の言葉を受けます。当時、金銭的に苦しかったワグナーには、願っても無い申し出。この日からワグナーは、再び新たな創作意欲を持って、素晴らしい曲を作り始めました。
が、ミュンヘン市民は、危険な革命家ワグナーを快く思ってなかったのです。彼に対する高額な金銭援助と保護に対し反対運動が起こり、遂にワグナーは国外退去となりました。

Richard Wagner war nicht nur der Lieblingskomponist von Ludwig II , sondern wurde auch sein "väterlicher" Freund und Berater. Wagners extravaganter, überheblicher Lebensstil und sein großspuriges Auftreten machen ihn unbeliebt. Am 10. Dezember 1865 musste er München verlassen. Ludwig II blieb bis zum Tode Wagners dessen Mäzen.

Füssen
政治的策略に巻き込まれ、個人攻撃にさらされる長い日々は、非常に純粋な心を持っていたルートヴィヒⅡにとって辛く、人間嫌いが強くなるばかり。そんなルートヴィヒⅡが求めたのは、全てが貴く美しいロマンの世界。その夢を叶えるため、あちこちに城を建設し始めました。
このノイシュヴァンシュタイン城も、その一つです。「中世風の美しい、白鳥の騎士の住むような城を作ろう」と思い立ったルートヴィヒⅡは、すぐに計画を始めます。古い城壁の残骸が残る地に、新しい城を建てるため、岩山を8メートルほど爆破して低くし、1869年に城の礎石が置かれました。
この城は、ワグナーの歌劇「ローエングリン」そのもの。城の建設は、ルートヴィヒⅡの死まで、17年もの歳月を費やしたにもかかわらず、完成はしませんでした。
写真をクリックして大きくすると、城壁の中に小さく人が見え、城の大きさが解ります。

Im Schloss ist es verboten zu fotografieren, deswegen habe ich auch mit den Fotos aus dem Heft gearbeitet.


城内は、撮影禁止だったので、パンフレットの写真で紹介します。(とにかくゴージャス
Füssen Füssen
玉座の間。城の見学で、最初に入ったこの間。あっけにとられました!何と言っても、この大きなシャンデリア。ガラス石のはめ込みがある金色の真鍮製で、その重さ900Kg。全部で、96本のろうそくが立つそうです。
写真左は、未完成に終わった部分。大理石の階段が、玉座に通じる予定でしたが、1886年6月13日王ルートヴィヒⅡの突然の死により、作業契約は全て解消。「玉座の無い、玉座の間」となりました。
Das ist der Thronsaal. bitte⇒Thronsaal

Füssen Füssen
豪華な王の寝室と礼拝堂。礼拝堂には、世界中の王の崇拝者が贈ってくる花束が、途絶えることがないそうです
Links: bitte⇒Schlafzimmer Rechts: bitte⇒Hauskapelle

Füssen Füssen
居間です。金色の真鍮製シャンデリアには、48本のろうそくが立ちます。城内の大きなシャンデリアに点けるろうそくの数は、いずれも12で割り切れる数になってるそうです。これは、ヨハネ黙示録に、「昔のエルサレムには、12の門があり、この恩寵と光の町のどの門にも、1本のろうそくが点っていた」と記してあったことからです。
写真右は、居間の一角にある白鳥のコーナー。白鳥は、王のお気に入りだったんですね。
bitte⇒Wohnzimmer

              Füssen
居間と執務室の間に、人工的な鍾乳洞がありました。この洞窟には、ワグナーのオペラ、タンホイザーに合わせた絵が飾られ、人工の滝もあります。ここを見た時、非常に孤独な王を想像してしまいました。
bitte⇒Grotte

Füssen Füssen
写真左は、最上階の階段。城の主階段は、王のためだけの階段だそうです。
写真右は、歌人の広間。壁絵の多くは、ワグナーがオペラの題材とした「パルシファル伝説」。どうしても歌人の広間が欲しかったルートヴィヒⅡは、この広間を中心にノイシュヴァンシュタイン城を建てさせたのですが、彼の存命中に、この広間が使われたことは、一度も無かったんです。時々、王一人で広間に佇み、歌人も客人もいない豪華な広間を眺めていたそうです。
Links: bitte⇒Oberer Vorplatz Rechts: bitte⇒Sängersaal

Füssenこれほどまでに慕ったワグナーは、1883年滞在先のヴェネチアで死亡。この「ワグナーの城」とでも言えそうな、ノイシュバンシュタイン城を訪れることは、一度も無かったんです。
ルートヴィヒは、失脚を望む側近達の陰謀で、1度も彼を診察したことの無い4人の医師の診断書により「精神錯乱」という病名をつけられます。1886年6月12日ノイシュヴァンシュタイン城内で捕らえられた後、かつては王が愛したベルグ城(Schloss Berg)に幽閉され、翌日の午後遅く、医師のグッデンと散歩に出たまま帰らぬ人となりました。城のそばにあるシュタルンベルグ湖(Starnberger See)に浮かぶ2人の遺体は、午後11時頃発見されました。自殺か他殺か、謎に包まれたバイエルン王ルートヴィヒⅡの最後。
ロマンを追い求めた一人の人間が、一国の王であったがために迎えた悲しい結末。オーディオガイドを聞きながら、次々に部屋を回っていくうちに、「おとぎの城」の華やかさの裏の悲劇が見えてきました。

bitte⇒König Ludwig II.

Füssen
これは、城の観光を終えて、帰る時に見たノイシュヴァンシュタイン城。この記事の、1枚目の写真と同じアングルなんですが、突然霧がかかって幻想的。ルートヴィヒⅡの歴史を知った後だったんで、何かミステリアスなものも感じました。

余談ですが1865年10月20日ー11月2日の間、ロッシーニが作曲したオペラ「ウィリアムテル」の世界を求めて、ルートヴィヒⅡはスイスを旅行しています。しかも、まず最初にルツェルンを訪れ、ホテル・シュヴァイツァーホフ(Hotel Schwaizerhof)に2泊ほど滞在し、船を1艘借り切って湖を遊覧し、ウィリアムテルの歴史を追い求めたそうです。隠密旅行だったため、名前を変えてホテルにチェックイン。彼をルートヴィヒⅡと気付かぬホテルマンは、ごく普通の小さな部屋を用意したそうです。長身&美形の姿に、他の泊り客が彼に気付き、ホテル側は、あわてて豪華な部屋を準備しましたが、ルートヴィヒⅡは「ここで十分ですよ」と言って、そのまま滞在したそうです。

Nach der Besichtigung beim Schloss hat der Nebel sich mehr und mehr verdichtet.

Die Schweizer Reisen: Am 20. Oktober 1865 quartierte sich im Schweizerhof in Luzern ein Mann ein, der,da nur noch drei Räume frei waren, ein kleines Zimmer im vierten Stock erhielt, während seine Begleitung im dritten Stock untergbracht wurde. Als der Hotelier erfuhr, wer der unbekannte Gast war, wollte er ein Zimmer im ersten Stock freimachen, doch Ludwig lehnte ab. Er hat den Ausblick auf den Vierwaldstätter See sehr genossen und reise ohnedies bald wieder ab. ( Von "Auf den Spuren König Ludwigs Ⅱ.)
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Richard Wagner Museum in Luzern
2008/04/19(Sat)
日曜日の朝、外を見ると・・・
Luzern
どこか遠くへ出かけたい衝動に駆られるような、なんと素晴らしい天気でも若干風邪気味だったので、午後の散歩に止めました。行き先は、ルツェルンの湖畔にあるリヒャルト・ワグナー博物館。(ルートヴィヒⅡの記事の後、良いタイミング

Letzten Samstag hatten wir ein schönes Wetter, trotzdem hatte ich mich ein bisschen erkältet. Es war nicht möglich, auf den Berg zu fahren. Deshalb bin ich mit meinem Mann bis zum Richard Wagner Museum spazieren gegangen.

Luzern Luzern
湖沿いの芝生で、スポーツをする人や、日光浴をする人が結構いました。
さらに湖沿いを歩いて行くと、遠くの木立の中に、リヒャルト・ワグナー博物館の白い建物が見えてきます。駅から歩いて30分程です。

Auf dem Weg zum Museum habe ich gesehen, dass es viele Leute hatte, sie treiben Sport und lagen an der Sonne.
Rechts: das Richard Wagner Museum in Tribschen

Luzern博物館がある場所はトリプシェン(Tribschen)という丘を、少し下ったところ。博物館へ続く丘の道には、右の写真のような看板があります。
1866年4月15日~1872年4月22日の間、ワグナーが住んでいたことが記してあります。ルートヴィヒⅡ(Ludwig II.)に招かれてミュンヘンで暮らし始めたものの、ドイツから国外追放になったワグナーは、リスト(Franz Liszt)の娘であり、ワグナーの教え子の指揮者ハンス・フォン・ビューロー(Hans von Bülow)の妻コジマ(Cosima)と、ここで暮らしたんです。このコジマとの不倫も、ミュンヘン市民が抱いた、ワグナーへの反感の一つだったんです。ワグナーは、既に正妻ミンナ・プラナー(Minna Planer)とは別居していました。結婚後、数人の女性とつきあっていたり、援助を受けていた人の奥様と恋に落ちたり・・・コジマとの関係以前に、彼はさんざん浮名を流していたんですね。

In der Nähe des Museums hat es das Schild.


          Luzern
これがリヒャルト・ワグナー博物館。ワグナーとコジマ、そしてビューローとの子供2人、さらにワグナーとの子供3人の計7人が、ここに住んでいたんですね。湖畔に建つこの館からは、ルツェルン周辺の山々が見渡せます。国外追放になって、ドイツからスイスへ逃れても、ルートヴィヒⅡからの金銭援助が続いていたため、裕福な暮らしができたようです。

Das ist das Gebaude von Richard Wagner Museum. Dort wohnte Richard Wagner mit Cosima vom 15. April 1866 bis 22. April 1872. Cosima war eine Tochter von Franz Liszts und auch die Frau von ein Schüler Richard Wagners, Hans von Bülow. Vorher war Wagner mit der Schauspielerin Minna Planer verheiratet. Am 25. Januar 1866 war Minna in Dresden gestorben.

               Luzern
部屋に入って、まず目に飛び込んできた写真。ワグナーと娘、ではなく、ワグナーとコジマです。この写真でお解かりでしょうが、コジマは、ワグナーより24歳も年下。親子ほど年の離れたカップルだったんです。
コジマは、ビューローとの間に、2人の子供を儲けていましたが、ワグナーの娘を産みます。1866年に、ワグナーの正妻ミンナが病死した後、コジマとビューローの離婚も成立し、1870年5月25日に目出度く2人は結婚しています。ルートヴィヒⅡも参列した結婚式は、ルツェルンのマテーウス教会(Matthäuskirche)で催されました。ホテル・シュバイツァーホフ(Hotel Schweizerhof)の裏にある、プロテスタントの教会です。

そして同じ年、彼らにとって初めての男の子誕生。名前はジークフリート(Siegfried)。ワグナーの名曲「ジークフリート牧歌」は、この年の12月25日コジマの誕生日に、彼女へのプレゼントとして作られました。コジマが目覚めた朝、こっそり階段に陣取っていた17人のオーケストラとワグナーによって、「ジークフリート牧歌」の初披露が行われたのです。ここで過ごした6年間が、ワグナーにとって最も幸せな日々だったそうです。

Das ist Wagner und Cosima. Dort begannen sie mit zwei Cosimas und Bülows Kindern (Daniela und Blandine) und der Wagner-Tochter Isolde. Am 17. Februar 1867 Eva (Eva Maria), Cosimas und Wagners zweites Kind, wurde dort geboren. Am 6. Juni 1869 wurde Siegfried Wagner, Cosimas und Richards drittes Kind, in Tribschen geboren.
Am 18. Juli 1870 wurde die Ehe Cosimas und Hans von Bülows geschieden, am 25. August wurden Cosima und Richard Wagner in der protestantischen Kirche von Luzern, Matthäuskirche getraut. Der junge König Ludwig II. von Bayern war dabei.

Luzern Luzern
建物に入ってすぐの階には、ワグナーが書いた楽譜や手紙、彼が飾っていた写真等が並べられた部屋があります。
Das ist die Wagners Sammlung.

          Luzern
ワグナーが愛用したグランドピアノが写っていますが、ルートヴィヒⅡから贈られたものだそうです。
Wagner arbeitete hier an seinem Komponierklavier, das ihm Ludwig II. geschenkt hatte.

     Luzern Luzern
写真左は、リストとワグナーのコンサートの広告。すごいコンサートです!!!右は、ワグナーの時代に流行っていた、尻尾が付いた様なピアノ。

Luzern Luzern
オーケストラが使った楽器もありましたし、ルートヴィヒⅡに関するコーナーもありました。何と言っても、ワグナーの音楽の1番の理解者であり、全てを援護した人物。ワグナーの寝室には、彼の写真が飾ってあったそうです。


          Luzern
博物館の2階部分は、ワグナーに関するもの以外の部屋です。ここにオーケストラが並んで、「ジークフリート牧歌」の世界初演奏があったのでしょう。

Luzern Luzern
1931年に、ルツェルン市所有の博物館となりましたが、当時は、1階をワグナーが住んでいた頃のまま博物館とし、2階部分は、彼の娘たちの住居兼別荘として使われていたそうです。
彼女達が亡くなったり、アメリカへ亡命したりした後の1942年、2階の住居部分を改装して、古楽器の博物館となりました。
Im ersten Stock hat es die Instrumentensammlung.

Luzern
博物館からの眺めは、素晴らしいです。晴れた日に、是非訪れてみてください。その時は、徒歩か船がお勧めです。私達は、帰りに船を使いました。その記事は、また後日。

12/1-3/14の間は閉館。
10:00-12:00, 14:00-17:00 (月曜休館)
大人6フラン 学生4フラン 12歳以下3フラン 6歳以下無料
交通手段:バス(駅前より6,7,8番)Wartegg下車後徒歩10分
船(Hermitage行き) Tribschen下船

bitte⇒Richard Wagner Museum
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ワグナー博物館の後で -Nach dem Museum-
2008/04/22(Tue)
ワグナー博物館のすぐそばには、船着場があります。

Luzern
真正面には、リギ(Rigi)の山が見えます。春ですね!芝生に、花がちらほら咲いていました花♪

In der Nähe vom Wagner Museum hat es eine Schifflände Tribschen. Wir sind mit dem Schiff zurückgefahren.

Luzern
向こうに見えるのは、メッケンの館(Schloss Meggen)。 こちら⇒メッケンの館1 ⇒メッケンの館2
Von der Schifflände konnten wir das Schloss Meggerhorn sehen.
bitte⇒Meggen 1 ⇒Meggen 2 (Blog)

Luzern Luzern
トリプシェン(Tribschen)の船着場と、この日乗った船(小さい)
Das ist die Schifflände Tribschen und ein Schiff, das wir bestiegen haben.

Luzern Luzern
小さいけれど、中はアンティークな内装で、きれいでしたよ!
Das Schiff war klein, trotzdem war das Innere schön.

          Luzern
船から見たワグナー博物館と、ピラトゥス(Pilatus)。リギ山のある北東方向は、青空が広がっていたのですが、ピラトゥスがある南西方向は、何やら怪しい雲。
こちらで、アプリル・ヴェター(April-Wetter)と呼ばれる天気があります。直訳すれば「4月の天気」なんですが、1日のうちに、ころころ変わるんです。晴れてたかと思えば、風が吹いて激しい雨、また晴れ、続いて雹(ひょう)が降ってくる。「女心とアプリル・ベター」?
Über dem Pilatus haben die Wolken gehangen.

Luzern Luzern
ほぼ同じ時間の、西と東です。全然違うでしょう?夜はやっぱり雨でした。
Links: nach Osten Rechts: nach Südwest Das ist das Aprilwetter?


Luzern
ルツェルン駅の近くに停泊している、とても古い蒸気船です。新しい船に押されて、解体されかかったこともありましたが、今でも健在で、毎日動いています。この蒸気船の、ちょっとしたイベントがありましたので、また後日お見せしますね。
In der Nähe des Bahnhofs von Luzern kann man die schönen Dampschiffe sehen.
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蒸気船のパレード -Grosse Dampferparade-
2008/04/28(Mon)
4月19日(土)の午後、ルツェルンの湖上で、蒸気船のパレードがありました。
Luzern
このイベントは、蒸気船ルツェルン号の80歳を記念してのもの。ルツェルンの湖、フィーアヴァルトシュテッテ湖(Vierwaldstättersee)には、現在5隻の蒸気船が動いています。船には、それぞれに名前がついていて、今年80歳の誕生日を迎えるのは、シュタット・ルツェルン号(Stadt Luzern)。直訳するとルツェルン市号という、とっても単純な名前の船です。

Am 19. April hatte es eine grosse Dampferparade auf dem Vierwaldstättersee. In der Gegenwart bewegen sich darauf fünf Sorten Dampfschiffe. Dieses Jahr hat das Dampschiff Stadt Luzern 80 Jahre Geburtstag und dafür hat es einige Veranstaltungen.

Luzern
昼の12時に、ルツェルンの街をスタートした5隻の蒸気船は、リギ山(Rigi)の麓のフィッツナウ(Vitznau)の先で折り返し、15時30分に戻ってきました。
Um 12 Uhr sind fünf Dampschiffe abgefahren und um 15h30 zurückgefahren.

       Luzern
5隻の蒸気船が、一斉に動くことは、通常ありません。1日のうちでも数回、1-2隻が交代で動くだけです。新しい船に押され、古い蒸気船を処分しようという計画があったそうです。しかし、蒸気船は情緒があり、アンティークで美しい。こんな美しいものを、なぜ捨てるのか!と、市民の強い反対で、今も存在しています。
この日のパレード、多くの人がチケットを求めたようで、船には客がぎっしり!乗客が片方に寄ってるためか、若干傾いてますよ・・・
Auf dem Schiff hatte es viele viele Leute!!!

          Luzern
ふっと見れば、白鳥が船を見つめてました。(な訳ないね)
Der Schwan hat die Parade auch gesehen???

Luzern
ルツェルンの街に近付いた船達は、くるっと旋回して、駅の近くの船着場へ向かいました。
他の蒸気船は、ガリア号Gallia(1913年製)、シラー号Schiller(1906年製)、ウンターヴァルデン号Unterwalden(1902年製)、ウーリ号Uri(1901年製)。ルツェルン号が、一番若いんですね。

Luzern
これが、80歳の誕生日を迎えたシュタット・ルツェルン号です。(どれも同じようなんですけど、船の横に名前が入ってます)
Das ist das Dampschiff Stadt Luzern.



写りが悪いんですが、動画です。パレードの最後に、シュタット・ルツェルン号が、蒸気船のポッポーって音で交信してます。交信相手の船は、ホテル・シュバイツァーホフの近くに停泊したまま、現在レストランとして使われている蒸気船です。
5月31日に、シュタット・ルツェルン号だけの誕生日クルージングがあります。
朝10時に開会式→11:25に出発→いろんな街を寄りながら、湖の端フリューレン(Flüelen)で折り返す→18:25ルツェルン着
途中で降りて、どこかの街を観光するも良し、途中から乗るも良し。晴れていれば、素晴らしい湖上の景色を楽しめますよ! こちら⇒ルツェルンの船SGV (英語)

Klicken Sie bitte. Sie können interessante Dampfpfeife hören.
Am 31. Mai findet die Geburtstagfahrt für das Dampschiff Stadt Luzern statt.
bitte⇒SGV
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